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日仏交流150周年特別企画展
「マチュラン・メウーが見た日本と赤木曠児郎が見たフランス ~異邦人画家の視線が交錯した1世紀半~」
今年は日仏交流150周年。これを記念し、今秋パリではフランス人画家、故・マチュラン・メウーと、パリ在住の日本人画家、赤木曠児郎の作品を対比して展示した特別企画展が開催されます。
今企画展は、文化振興財団フェスティバル・クルチュール・クロワゼFestival Culture Croiseeの提唱・後援で9月末から10月末までの約1か月の間、パリの右岸・左岸の会場で開かれ、第1回目は9月24日より右岸9区の区役所で赤木とメウーの水彩画を中心に比較展示がなされます。
続く第2回目は10月1日より左岸15区にあるブルターニュ地方会館Maison de la Bretagneを使って開催され、赤木がブルターニュを訪れた時に制作した版画、デッサン、水彩画を中心に、ここでもメウーの作品との比較展示がされます。
ブルターニュ出身の風景画家マチュラン・メウーは20世紀初頭の日本を訪れ、古都・奈良の春日大社や、地域に暮らす住民の日常生活の一場面、素朴な田舎の景色をキャンバスに収めました。また、赤木曠児郎は1963年に渡仏して以来すっかりパリに恋をし、40年来パリを拠点に制作活動を続けている日本人画家で、同世代では最も偉大な画家の一人です。2人の作品、また制作過程は「フランス」と「日本」を入れ替えるだけで、多くの共通点を持ち、異邦人のまなざしで訪問国の風景を感じ取り、どのように描いたのかを対比させながら鑑賞することができる今企画は、まさに日仏間の友好150周年を祝うのにうってつけのテーマでしょう。
メウーは第一次世界大戦直前の日本を訪れ、短期間の間にかずかずの素晴らしい古都の風景画を残しました。全体的に暖色系でまとめられた作品からはメウーの感動と優しさが伝わってくるでしょう。当時の彼の感動がこちらにまで伝わってくるような、瑞々しい感性が表現されているものばかりです。
一方赤木はある意味真の「パリジャン」として、どのようなパリジャンよりもパリの街を愛し、そして尊敬している画家。研ぎ澄まされた感性で、パリの町並み、そこに残る歴史建造物に視線を注ぎ続けている彼の作品は、20世紀のパリの都市風景を残した「資料」でもあり、歴史の変遷を感じ取れる貴重なものです。
今企画展では、お互いがそれぞれの訪問先の国でどのように受け入れられ、社会面・文化面で双方の国にどのような影響を与えたのかを追究した非常に濃い内容となっています。歴史の証言者ともいえる2人が「異邦人」の立場で描いた異国の景色は、観る者の心に強く訴えるものがあり、2人を受け入れた当時のフランス、日本について考察する機会でもあるでしょう。日仏国交がスタートして以来、1世紀半に上る外交の歴史の中で、時代や世相など社会的背景も含めて、「文化の外交」を身をもって体現した二人の巨匠の偉業を賛美する、まさに交流150周年を象徴する内容となっています。
■開催期間・開催場所 9月24日-10月11日 会場:MAIRIE DU IXe 6 rue Drouot 75009 PARIS
10月1日-10月30日 会場:MAISON DE LA BRETAGNE 8 rue de l'Arrivee 75015 PARIS
■入場無料
■記者発表 10月2日11時30分よりブルターニュ会館にて
■ブルターニュ・日本の文化交流会(夜会パーティ) 10月15日ブルターニュ会館にて
■お問い合わせ フェスティバル・クルチュール・クロワゼ FESTIVAL CULTURES CROISEES Tel: 06 61 91 23 98 公式HP: www.festival-cultures-croisees.eu E-mail: festival@crossline.com
■展示される代表作品 マチュラン・メウー 「奈良、踊り子と聖なる雌鹿」 赤木曠児郎 「オペラ・ガルニエ」
▼マチュラン・メウー(1882-1958) ブルターニュ地方ランバル市生まれ。レンヌのボザールで絵画を学んだ後、将来を期待された新鋭画家としてパリに制作拠点を移す。動植物や海景色のスケッチの名手であり、さまざまな図鑑の挿絵画家としても知られる。パリ近郊で開催される動物アート展に最初に出品し、その後パリ装飾芸術美術館で初の個展を開く。この時の反響により、メセナ事業に積極的に取り組んでいた資産家アルベール・カーンの国際奨学金「「世界一周」を手にし、1914年日本を訪問。古都、奈良や京都を訪れ、数々のすばらしい作品を残した。残念ながら、第一次世界大戦の勃発で6ヶ月後には日本を去ることになり、その後は故郷のブルターニュに活動拠点を移して、海の風景画家としての位置を確立した。
▼赤木曠児郎(1934-) 1934年に岡山市で生まれ、岡山大学を卒業後、渡仏。パリのボザールで絵を学び、油彩、水彩、リトグラフによるパリの風景を描き続ける日本人洋画家。赤と白を基調とした力強い画風で知られ、パリのアパルトマンなど、数百年の歴史の重みを感じさせる建造物を中心に、信念と独自性を持って我流の芸術を発展させている。フジタを想起させるような「パリで活躍する異国人画家」であり、同世代では最も偉大な画家の一人。これまでに多くの場面ですでに注目されており、フランス芸術家サロンでは金メダルを受賞、また、1975年には大統領賞の名誉を受けている。作品はパリ市カルナヴァレ歴史美術館ほかイタリアのヴァチカン美術館など数々の有名な美術館で展示されている。

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